1999年9月30日東海村臨界事故から20年。責任の追求ができていないのが問題です。
2019.09.28 Saturday
9月30日が来ます。1999年の東海村JCO臨界事故から20年です。酷い事故でした。作業をしていた三人のうち、二人の方が多量の放射能を浴びて亡くなり、一人の方はどうにか回復。この方はマニュアルを守らずバケツで混ぜた責任をとらされて有罪の判決(執行猶予付)をうけてます。JCOや核燃料製造を頼んだ動燃(当時の組織名)は、罰金刑。それぞれの管理職は執行猶予付の有罪判決を受けたようです。
住宅や工場が立ち並ぶ市街地に建っていて、極めて危険な核燃料を製造していたことは問題とされませんでした。被ばく者は、認定されただけでも600人を越えていますが、隣接地の工場にいて健康を害した方が、損害賠償を求めて裁判で争いましたが敗訴しています。賠償は、風評被害にあった農産物(名産の干し芋等)にだけ、健康被害は認めなかったのです。
国は『核燃サイクル』という虚構を継続させるために、事故とその責任の所在をうやむやにしました。マスメディアも報道を止めて、二人目の被曝者が亡くなった後は、ほとんど報道がありませんでした。
毎年開かれていた「9・30JCO臨界事故の集い」が6年ほど前に無くなり、その後は「たんぽぽ舎」が主催して、9月30日に経産省別館前で事故の起こった10時35分をはさんで追悼と抗議の集いを行っています。黙祷して白菊(200円)を献花します。今年は20年目です。10時から始まりますので、ご参加お願いします。