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  • こどもに放射線が影響しないか心配しているお母さん方へ、6月8日(水曜日)に「集まり」があります。
    どこまでも限りなく (06/04)
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「人とみどりを守る」「市役所、おおそうじ」をキャッチコピーに活動している武笠紀子(むかさのりこ)です。
むかさ紀子的<ここがおかしい>をブログで綴ります。

  …人とみどりを守るためにこそ、税金を使って欲しい。
  …我が家の掃除は苦手。でも市役所のおおそうじは、わたしの使命なんだ
おそうじおばさん
台風26号の雨はすごかった。伊豆大島は大変な事態が起きている。関さんの森の沢にも水が流れていました!
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 台風26号の被害は、伊豆大島ではとんでもないことになってしまった。雨の降り方が尋常ではない。集中豪雨には自分たちで気をつけなくてはいけない。
幸い、「関さんの森」も「溜ノ上の森」も、たいした被害がなかったので良かったです。台風の過ぎた後で関さんの森を見に行きました。
 今回はよほどたくさん降ったので湧水池がいつになくいっぱいで、外にザーザーと流れ出ていました。そして、めずらしく沢を水が流れていました。湧水池側の二つの橋の下(写真)を水が流れていました。その流れを上流に辿っていったら、水が出ていたのは下の広場の縁に生えているケヤキの大木あたりからでした。あの木の下辺に水の出口があるのかもしれません。
posted by 武笠紀子(むかさのりこ) | 20:44 | 関さんの森だより | comments(0) | trackbacks(0) |
関さんの森のお隣になる公園だから、移植されたシラカシを伐らないで、樹木を生かした公園を作ってほしい!
 関さんの森と幸谷二ツ木区画整理組合地の境界に江戸時代からの共有道(通称:赤道=あかみち)がありました。今から10年ほど前に区画整理でその赤道(あかみち)を含めて5m幅の道路を作ることになりました。ほとんど車が通らない道です。今でも一日に一台が二台通るか通らないかの道です。5m幅も要らないはずだから、赤道(あかみち)に生えている樹木は残して欲しかったのです。
 そこには10本の大木が育っていたのです。その大木が10本(小さい木はもっと生えていましたが)伐られることになりました。
 長い年月の間にこの10本の大木は関さんの森の一部となっていましたので、この10本の伐採は、関さんの森に大きなダメージを与えると心配されました。 そこで2003〜2004年にかけて、関さんの森を育む会では森の所有者である「埼玉県生態系保護協会」といっしょになって、その樹木の保全運動を展開しました。そして約一万筆の署名を集めて、区画整理組合と松戸市・市議会に働きかけましたが、1本のシラカシを公園予定地内に移植することで議会は了承。残念ながら9本の大木が伐採されました。伐採された大木は、関さんの森を育む会でいただき、ベンチや案内柱になりました。森は透けて向こうが見えるようになり、夜は反対側にある人家の明かりも見える薄っぺらな森になった気がします。
 そして今度は、関さんの森の隣り、シラカシが移植された公園用地が整備されることになりました。二木幸谷土地区画整理事業はバブル崩壊で土地の価格が下がり、事業が行き詰まり借金が返せなくなりました。少しの土地しかもたない組合員も多くて、再減歩もできずに付加金を集めようやく事業を続けていました。
 今、工事が行われていますがお墓の移転が終わると公園を二つ整備して終わりです。公園の一つはお墓の隣、もう一つは関さんの森の隣です。
 松戸市はその公園計画について、関さんの森に説明に来ました。そこで松戸市から提案された公園計画では、10年前に折角移植したシラカシと他の何本かの大木を伐採した上で、広場をつくり遊具やベンチなどを置くという、びっくりするような公園計画でした。
 関さんの森は、既に『松戸市緑の基本条例』に基づく「特別保全樹林」に指定されていましたが、今年3月には国の『都市緑地法』に基づく「特別緑地保全地区」にも指定されて、森として永続的な保存が決まっています。
 松戸市では栗山地区(矢切と国府台の斜面林の間)と矢切地区についで三番目の「特別緑地保全地区」です。 幸谷特別保全地区に相応しい形の公園とするため、移植のシラカシを生かした公園計画への再検討を求めました。   
 今後は、区画整理組合などとの話し合いを続け、唯一移植により生き残ったシラカシの木、子供たちが「ブロッコリーの木」と呼んで親しんでいたシラカシをしっかり保全して、後世に残すよう働きかけを続けたいと思います。皆さんのご支援よろしくお願いします。
posted by 武笠紀子(むかさのりこ) | 02:35 | 関さんの森だより | comments(0) | trackbacks(0) |
関さんの森に春が来た。放射能や自動車の排気ガスにめげず、木は芽吹き、花や草花は次々と咲いていく。
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 道路開通で二匹の庭猫(ナナちゃんとシュンちゃん)が犠牲になり、近頃は排気ガスが臭い「関さんの森」だが、それでもいつものように春が来た。
先日、むつみ梅林の花がやっと咲いたと思ったらもう桜が咲きだした。河津サクラは満開、サクランボも咲いて、枝垂れサクラが二分咲き、花モモは三分くらい。遅かった赤いヤマツバキも次々咲いて、黄色いレンギョウに白いユキヤナギ。紫色のオオアラセイトウ。青いオオイヌフグリ。そして写真はもう少しで咲き出すキミドリ色のアケビ。とうがたって小さい花が咲いたフキノトウもうれしい。やがて、タチツボスミレやマルバスミレが咲く。カントウたんぽぽも咲く。モンシロチョウやキチョウ、ヤマトシジミも花の間をヒラヒラと飛び、メジロやヒヨドリが花の蜜を吸いに来る。ツグミはまだ帰らないで梅林を歩いてる。春の関さんの森はいろいろあって楽しい。
みんな! 放射能にも排気ガスにも負けないでがんばれ!
posted by 武笠紀子(むかさのりこ) | 03:57 | 関さんの森だより | comments(0) | trackbacks(0) |
関さんの森の道路開通から半年、増え続ける交通量と騒音、昨年12月のNO2測定で大気汚染が明らかになった
関さんの森で大気汚染が始まりました〜道路開通二ヶ月目のNO2簡易測定ではっきりしました。

1、関さんの森の大気汚染が心配でした。

 松戸市幸谷の「関さんの森」には1964年東京オリンピックの年に都市計画道路が決定していました。それから半世紀、その道路建設にあたっては、多くの皆さんのご協力のおかげで森の生態系が守れるようにと、少し曲がっての新設道路としての建設となりました。しかし交通量が一日一万台と予測され、自動車の排気ガスによる環境への影響が心配でした。
また、道路沿いに生えている樹齢二百年を超えるケンポナシ(道路建設のために移植)や百年を超えるソメイヨシノ、カヤ、ケヤキ、エノキなどへの影響と森に棲息している様々な生き物たちへの影響も心配でした。

2、関さんの森の大気中のNO2調査を始めました。

 関さんの森では、道路開通による排気ガスの影響を明らかにするために、開通前の状態を調べておきたいと思いました。しかし松戸市は環境アセスメントはおろか簡単な環境調査も行いませんでした。法律で決まっていないからです。実施されたのは法律で決まっている遺跡調査だけです。
そこで「市川の空気を調べる会」のご協力をいただき、関さんの森の会員(協力者10名)により大気汚染調査を実施することになりました。

3、関さんの森の空気はきれいでした。

 大気汚染調査を始めるにあたり、2009年10月に予備調査(約100ヶ所)をさせていただき、みんなでカプセルの取り付け方法など測定のやり方を覚えました。そして2009年12月からは、全国一斉の市民による大気中NO2簡易測定に合わせて夏(6月)と冬(12月)の調査を続けてきました。
NO2の値は測定日の天候や風向きにより変わりますし、冬の方が夏より高い値になるという点についてなどは、関さんの森の数値も他の調査地域の測定結果と同じ傾向を示してきました。
 測定場所は関さんの森で約30ヶ所、道路に関係する学校4校(幸谷小学校・小金小学校・八ヶ崎第二小学校・小金南中学校)合わせて20ヶ所、森周辺地域で20ヶ所、関係する道路・二木測定局・国道6号交差点など約30ヶ所となっています。
 数回の調査の結果、周辺地域や関連道路に比べて、関さんの森(道路沿いは除く)のNO2の値は低く、森の空気がきれいなことが分かりました。


4、道路開通により大気汚染がはじまりました。

 2012年9月28日にとうとう関さんの森を通る道路が開通してしまいました。道路開通後二ヶ月たっての12月に冬のNO2調査を行いました。毎日数千台の自動車が通っていますので排気ガスの影響により大気汚染が始まっているだろうと予想はしていました。
 NO2の値は年によって全体に上下しますが、今までは関さんの森の測定結果も全体の傾向としては、他の地域の傾向と変わりません。全体の傾向では、2010年12月は2009年12月より値が高くなっていましたが、2011年12月には値が下がっていました。そして、今回2012年12月の値は全体傾向としては、また少し高くなっています。そうした中で、関さんの森と新設道路沿いの小金南中学校の数値が明らかに高くなっているのが分かりました。今までは関さんの森より高い数値を示していた、小金駅前道路沿いに比べても、そこより高い数値が測定されています。開通した道路を走る自動車からの排気ガスによる、関さんの森の大気汚染が証明されてしまいました。

5、大気汚染を悪化させない方法を考えたい。

 大気汚染調査から二ヶ月、道路開通から半年がたちました。道路の開通がだんだん知られていくにしたがい、自動車の交通量が増えてきました。また、近頃は大型トラックの通行が増えています。今後は地図やカーナビに載ると、さらに交通量が増えると予測され、この先のさらなる大気汚染が心配です。
 自動車の通行を止めることはできませんが、大気汚染を止める何か良い方法がないか考えてみたいと思います。この夏(2013年6月)の調査でさらに大気汚染が悪くならないようにしたいです。
posted by 武笠紀子(むかさのりこ) | 01:30 | 関さんの森だより | comments(0) | trackbacks(0) |
関さんの森の「熊野権現の塚」を守るために2辰諒眛擦乏僂あります。自転車だと危ないのでご協力を!
 関さんの森を通る新設市道が開通して、4ヶ月たちました。道路は車道も歩道もたくさんの方に利用されています。自転車の通行が問題でしたが、道路交通法が改正?され「自転車通行可」の歩道は廃止し原則として、自転車は車道を走ることになりました。ただし例外規定として「危険を感じる時は歩道を走って良い」ことになっています。そのため、身の危険を感じる?人たちが2辰龍垢な眛擦鯀っています。「自転車通行禁止」とか「自転車を下りてください」とかの規制はできないのだそうです。そこで、2辰諒眛擦鮗転車で走っていると「熊野権現」の脇のブロック塀が邪魔になり向こうが見えません。皆さん気をつけていただいているので、事故は起きていませんが、「もっと塀を削ってくれればよいのに」との声が聞こえてきました。実はあの形とブロック塀には深い意味があるのです。
 地域の皆さん、あの歩道を利用される皆さんに、あの形でブロック塀がある理由を掲示しました。以下の通りです。


「文化遺産と緑地保全について」

・関さんの森を育む会

・関さんの森エコミュージアム
 

 この塀中には、ぎりぎりに幸谷のおくまんさま(熊野権現)の塚があります。昔、この辺りは「熊の脇」と言われていました。北小金駅の辺りが「天王脇」と言われていて、八坂神社を中心として栄えていたように、熊野権現を中心として集落があったと考えられます。そして、「おくまんさま」と呼ばれて風邪の神様として民間信仰されていたそうです。関さんのご先祖よりもさらに昔の人たちによって造られた塚です。先年、道路建設に当たって遺跡調査が行われ中世末期の遺跡が数多く見つかっています。ここは大切な文化遺産として次の時代に引き継いで行きたい場所です。
 また、この「関さんの森」は松戸市との話し合いで、国の都市緑地法による「特別緑地保全地区」に指定され永遠に樹林地として残ることが決まりました。塚には樹齢二百年を超える「キリシマツツジ」(松戸市指定保護樹木)が毎年見事に花を咲かせます。また近年このあたりではほとんど見られなくなった「カントウタンポポ」や「アキカラマツ」、「ジャコウアゲハ」の幼虫の食草である「ウマノスズクサ」など貴重な植物が残っています。

 歩道が少し狭くてご不便をおかけしていますが、文化遺産と緑地(生態系)の保全のためご協力をお願いします。


posted by 武笠紀子(むかさのりこ) | 21:10 | 関さんの森だより | comments(0) | trackbacks(0) |
ケンポナシの立て曳き(移植)は成功しました。たくさんのみなさんに応援いただきありがとうございました。
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 今日、関さんの森のケンポナシの親木、樹齢二百年を超える古木の移植が行われました。何度も雷が落ちたり、たき火が引火したりして幹は空洞化しているので、クレーンでの移植はできません。「立て曳き」という方法で約16丹榮阿靴泙靴拭写真はもう少しで目的地に着くところです。ケンポナシへの思いを込めて、こどもたちを含め100人ほどの人が「カグラサン」という櫓を廻してロープを曳く体験をしました。
寒い日でしたが、幸いに風もなく地震も来なかったので、無事移動が成功しました。ほっとしましたが、ケンポナシの跡地が空しいです。
開会のセレモニーの時に、今日の行事の主催者である「関さんの森を育む会」の代表として挨拶しました。長くならないように文章を用意しました。以下読み上げたものです。

『ケンポナシこれからも!』

 関さんの森のケンポナシは、長い年月この場所で生きてきました。
 大嵐に負けず、大雪に負けず、大日照りに負けず、大地震にも負けませんでした。
雷と火事に負けそうになりましたが、それも乗り越えて生きてきました。
樹齢は二百年を超えています。これから二百年、生きるかもしれません。
ところが、ケンポナシの生きてきたこの場所に、道路が作られます。ケンポナシは道路のために動きます。
本当は二百歳を超えたケンポナシを動かしたくありません。ケンポナシも動きたくないでしょう。動きたくないケンポナシに、関さんの森のために動いてもらいます。
ケンポナシの引っ越しのために、たくさんの人たちが働いて、心を込めて、引っ越し準備ができました。
そして今日、ケンポナシが引っ越します。
 ケンポナシが好きな人たちが、心を込めて引っ張ります。

ケンポナシが好きな人たちが、心を込めて見守ります。

引っ越し先で元気に生きていくように。

ガンバレ!ケンポナシ。
負けるな!ケンポナシ。
未来へ生きよ!ケンポナシ。
posted by 武笠紀子(むかさのりこ) | 00:01 | 関さんの森だより | comments(0) | trackbacks(0) |
樹齢200歳超のケンポナシの大木のお引越し!★1月15日(日)。みんなで動かします。
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 関さんの森を通る新設道路は、この夏に開通予定です。道路予定地に生きてきた樹木は、伐採されたり移植されたりして残っているのは、樹齢二百歳を超えるケンポナシの大木だけです。
そのケンポナシも、とうとう引越す日がきまりました。二年前から根回しをして移植に備えてきましたが、樹木が休んでいて移植に一番良いこの冬の時期に引っ越します。引っ越し先はむつみ梅林の中。予定地の梅の木はすでに別の場所へ動きました。
関さんの森のケンポナシは二本あって、すでに若い方の木は12月中にクレーンを使った引っ越しが終わっています。今回の老木ケンポナシは、何度もの落雷と焚火からの引火等で幹が空洞化しているために、クレーンでの移植には耐えられません。そこで、台の上に載せてころを下に引いてロープでひっばります。めったにない大木の大移動です。『神楽桟(かぐらさん)』という装置を使って、ケンポナシをみんなでまわして動かす体験をする予定です。
みなさん!幸谷のシンボルツリーで、関さんの森のシンボルツリーのケンポナシの木が無事に引っ越しできるように応援にきてください。


【ケンポナシのお引越しを応援して!みんなで回して動かす体験できます。】

★主催『関さんの森を育む会』

★1月15日(日)

10時からの予定。

※見学は10時で間に合うと思いますが、体験がしたい人の受付は9時15分くらいから行います。先着40名くらい。

★受付は関さんの門の前です。

※雨天、雪や大風の場合は延期します。

※駐輪場はありますが、駐車場はありませんのでご注意を。

※屋外で寒いので暖かい服装で来てください。

【問合せ】
090ー9365ー9608 武笠(むかさ)まで
posted by 武笠紀子(むかさのりこ) | 05:28 | 関さんの森だより | comments(0) | trackbacks(0) |
続、関さんの森の三本の大木の物語
せきさんの森
三本の大木の移植が終わって、道路の形がみえてきました。木がなくなった土手と広場の変わり様に心痛みます。
以前の続きで、三本の大木の物語を進めました。第三章「枝打ち」、第四章「根鉢づくり」、第五章「移植」です。
第六章「再生」も待ち望まれますが、まだこれからです。春を迎えて芽が出るのを待ちます。

...............................

続・道路に場所を譲った「関さんの森」の三本の大木の物語

(序章) こどもの広場

三本の大木といっしょに土手に並んだ木々は、松戸で失われていく里山の風景を残し、すてきな景観を作っています。

春は若葉が美しく、こどもたちは広場の草花を摘んで楽しみます。

夏は繁った青葉が日陰を作って、ゲートボールのお年寄りやソフトボールのこどもたちを守ります。

秋にはどんぐりをたくさん落として、落ち葉もたくさん積もってこどもたちを喜ばせます。

冬は落葉した木々がやわらかな陽射しを届け、土手は冷たい北風を止めて、広場で遊ぶこどもたちを守ります。

この広場が失われることが地域の人々に、そして周辺の生き物たちに、大きな影響を与えることを、道路を欲しがる人々に伝えきれなかったのが悔しいです。


(第一章) 計画

その昔、今から五十年もの昔に都市計画道路の線引きが行われました。
中学校の校庭も、水道局の貯水池も、人々の住居も、百年超えた大木も、江戸時代からの門も藏も ・・・
何の遠慮もなく引かれた道路線です。

しかし50年経った今では、借金を背負った財政は年々厳しく、「無駄な公共事業は止める」「もう新しい道路は要らない」の声が上がっています。その状況で、今もなお道路が作られていきます。

そして、関さんの森の三本の大木が新しい道路建設のために引っ越しました。


(第二章)根回し

広がった枝の先まで、大木の根は広がっています。大木の根をそのまま全部を動かすのは、物理的にも金銭的にも無理です。

「関さんの森」こどもの広場のエノキが二本、ケヤキが一本、合わせて三本の大木。

平成二十一年冬、引っ越しの準備を始めました。幹の回り1.5メートル位のところで根の皮を剥いで、そこからの発根を待ちます。

春 いつもの春のように芽を吹きました。

夏 記録的暑さを乗り越えました。

秋 たくさんの実を落ち葉とともに落としました。

冬 根の準備はできたのでしょうか。


(第三章)枝打ち

平成二十二年暮れ、お正月を前に、三本の大木にしめ繩を張りました。
「関さんの森」の熊野権現さまに、稲荷山(とうかんやま)のお稲荷さまに、むつみ梅林脇の大神宮さまに、溜ノ上の天神さまに、幸谷赤城神社の神さまに、そして八百万の神様に三本の大木の移植の成功と関さんの森の環境保全をお願いしました。

明けてお正月、三本の大木のしめ繩はそのままに移植に備えて「枝打ち」がおこなわれました。

枝打ちには三つの役目があります。

一つ目にはバランスをとるためです。
一年前におこなわれた根回しは上手くいきました。しかし、移植の際に、根鉢をつくるためには根まわしの先の根が伐り落とされます。
地上部分と地下部分のバランスが崩れて、木が傾いてひっくり返らないように、根の状態に合わせて枝を切りました。

二つ目は水分不足で枯れないようにするためです。
葉がたくさん繁ると水分がたくさん蒸発しますが、根がたくさん伐られているので水分の補給が心配です。
春に葉が繁る前に、葉の量を減らして水分不足を防ぐためにも、葉芽がついたままの枝を伐りました。

三つ目は、今後の枝の再生と三本の大木の植わった景観を良くするためです。土手の東側からケヤキ・小さいエノキ・大きいエノキの順に広場の土手に横並びに生えていました。広場に移る時には新しい道路側にケヤキと大きいエノキの二本が並び、その後ろに小さいケヤキが動きます。お互いの枝が重ならないように、枝振りも良いように枝の形を整えました。

枝打ちが終わって、二本のエノキとケヤキの三本は、高さも枝振りも、元の3分の2位になりました。隣の残るクヌギに比べると二回りも小さくなりました。

枝がたくさん伐られて、むきだしになった幹を保護するために丁寧に包帯が巻かれました。
夏の太陽から、暑さから樹皮を守るためですが、包帯ぐるぐるの痛々しい姿に移植が近づいたことを感じます。

(第四章) 根鉢つくり

枝打ちが終わって間もなくして、更に引っ越しの準備が進みます。小さくなってしまった三本の大木の姿を嘆いている暇もありません。

根回しの時に根の皮を剥いだので、その先には栄養が回らないで枯れていきましたが、芯は切り離されていなかったので、木を支える力にはなっていました。

根鉢を作るためには、先を切り離さなければなりません。でも、全部を切り離してしまうと、いくら枝打ちをしてバランスをとるように気をつけても、根と幹のバランスが悪くなって倒れてしまう心配があります。

そこで、木に支えをします。普通の大きさの木でしたら、竹や木材で支柱をつけますが、何しろ百歳を越す大木です。鉄のワイヤーを張って支えをつくりました。
でも枝に直接ワイヤーを取り付けることはしません。枝が痛まないように、切り落とした小枝を利用して、枝の周りにぐるっと並べて保護をして、その上からワイヤーを取り付けました。

それから根を切り離して土が落ちないように包帯をぐるぐる巻いて、さらに縄でぐるぐる巻いて大きな根鉢が作られました。その上からブルーシートを被せて乾燥を防いで、移植の準備ができました。
残念ながらここまで来たら、もう後に戻れません。手順よく手早く無事に引っ越しが終わるように、植木職人の皆さんとクレーン操作の皆さんにしっかりお願いして、あとは八百万の神様にお祈りしましょう。


(第五章) 移植

100トン吊り上げのクレーン車が来ました。そのクレーン車を組み立てる少し小さなクレーン車がきました。鉄板などを運ぶ大型運搬車もきました。
こんな大木の引っ越しは見たことありません。めったにないことですし、二度と見られないかもしれません。
たいへんな引っ越しです。多くの人たちに見てもらいたい。みんなに三本の大木を応援してほしいと思いました。

そこで、臨時ニュースを作ってあちこちにペタペタ貼りました。
チラシを作って小学校にお届けしました。記者クラブにも届けました。コアラテレビにお知らせにいきました。関さんの森ニュース(2011年2月号)をいそいで作って、森の近所に配りました。いろいろなメーリングリストにも載せてもらいました。会う人ごとにお誘いしました。

近所からも遠くからも、たくさんの人たちが見に来てくれました。小学校のこどもたちも応援に来てくれました。「ガンバレー!ガンバレー」元気なこどもたちの声が三本の大木に届いたと思います。大学生も見学にきました。テレビ局も新聞社もきました。たくさんの人が写真を撮ってくれました。

初めに、東側のはじっこに生えていたケヤキが動きました。
まずブルーシートをはずします。根鉢は作られていますが、真下の根はまだ切り離されていません。クレーンで少しずつ株を傾けて、下を掘りながら手探りで根を探して、植木職人さんが切り離していきます。

クレーンがケヤキの大木をひっばる度に、キシッミシッとかギッギッと音が響きます。ケヤキの大木の悲鳴でしょうか。

真下の根切りが終わったのかグラッグラッと揺れて、ゆっくりとケヤキの大木が浮きました。見ている人が息を呑んで見守る中を、そのままそーっと動いていきます。
スゥーと動いてソゥーと下ろして、どうやら上手くいきました。後は姿勢を直して、根鉢を植え込む作業です。

次は、端から二番目の大きい方のエノキ、これは下の根っこが多くて大変。その上、電線に枝が引っ掛かりそうで、急いで植木職人さんがスルスルと上っていって、危ない枝を切り落としました。そうして準備OK、クレーンが引っ張りグラッとしてフワーと浮かんでスーッと動いてソーッと下ろしてシッカリと植え込みました。

二日目には、残った小さな方のエノキの移植。ケヤキと大きい方のエノキが並んだ奥の方へ動きます。
クレーンで高く高く吊り上げられて、前の二本の大木の上を越えゆっくりゆっくりと下ろしてもらって、ちょうど良い場所にちょうど良い形に植えられました。

三本の大木は無事に引っ越しが終わって、根が腐らないように空気が程よく入るようにと、丁寧に上手に植えてもらいました。どうやら辺りの関さんの森の木に仲間入りができました。


(第六章) 再生
 
今は見た目には元気な三本の大木です。でも若葉が出て葉が繁るまでは油断できません。早く再生しますように願うばかりです!


(最終章) 未来

こどもたちの笑い声が聞こえてきます。カラスの鳴き声も小鳥の囀りも聞こえます。若葉の美しい季節です。引っ越した三本の大木もオオシマサクラも元気です。新たに植えられた他の木々も大きく育っています。

ここでは自動車もスピードを落として走ります。こどももお年寄りも誰でも、手を挙げれば車が止まり、道路が安心して渡れます。

近頃では、ほとんど電気自動車と燃料電池自動車になって、ガソリン車は珍しくて排気ガスの被害がなくなったばかりか、騒音も振動も少なくなりました。
道路がしっかりしているので、こどもからお年寄りまで「関さんの森」を安心して楽しむことができるのです。昔ながらの生き物たちもがんばって暮らせる「関さんの森」はみんなの力で守られています。

新しい場所に引っ越しした三本の大木。もう新たな物語が始まっています。
posted by 武笠紀子(むかさのりこ) | 12:14 | 関さんの森だより | comments(0) | trackbacks(0) |
関さんの森、大木三本移植で、道路の形が見えてきたが。
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とうとう広場の縁に生えていた、百歳を超えたエノキ二本とケヤキが移植されました。
100鼎離レーン車が吊り上げての大変な引っ越しです。
ケヤキは21、5鼎如大きいエノキは21転さいエノキは14鼎△辰燭修Δ任后
移植されたのは道路の脇になる広場です。なんとか根付いてまた大きくなってほしいです。移植は上手くいったし、景観も保たれたので良かったのですが、ぽっかりと空いた土手の空間が道路を予感されて、とても嫌な気分になります。

道路が現実に目に見えるようになって来て、本当にがっかり!梅の木や他の木が次々と伐られて、小さなクヌギとケヤキ、キンモクセイとオオシマサクラ、そして今回の大木三本の移植です。
景色が変わってきて、広場の近くを散歩している人に道路や移植の説明をすることが時々あるのですが、道路を早く作れと言う人、いまだに関さんが反対したからという人がいて、こういう人がいるからだと思うと蹴飛ばしたい時があります。でも関さんの森の評判が悪くなるといけないので、言い争うことも控えるのでよけい腹がたちます。
移植された木もですが、11月に予定されているケンポナシの移植が今から心配です。

posted by 武笠紀子(むかさのりこ) | 01:37 | 関さんの森だより | comments(0) | trackbacks(0) |
私はエノキ、関さんの森のエノキ、運がいいのか悪いのか。
3本の大木
関さんの森の三本の大木の移植が2月半ばに決まりました。
根回しと剪定が終わって準備はできました。でも、いまでも何か起こって移植が止まらないかと思います。
私は、選挙の後で何か起こって次点が繰り上がらないかと良くいわれますが、それよりもっと切実な重い思いです。
移植を待つケヤキの気持ちを考えました。移植の大成功を祈って過去形になっています。

【私はエノキ、関さんの森のエノキ、運がいいのか悪いのか】

私はエノキ
関さんの森のエノキ
こどもの森グランドの端っこに生えていました。
運がいいのか悪いのかわかりませんが、居場所を道路に譲って引越しました。


私はエノキ
関さんの森のエノキ
こどもの森グランドの端っこに生えていました。
お隣のケヤキと反対側のもう一本のエノキと、三本仲よく育ってきました。
百年よりもっともっと長い間、いっしょに大きくなりました。


私はエノキ
関さんの森のエノキ
こどもの森グランドの端っこに生えていました。
ホントにたくさんの種の中から芽生えて、ホントにたくさんの若木から私たちが生き残って育ちました。
運が良い私たちは百歳を超える大木になりました。

私はエノキ
関さんの森のエノキ
こどもの森グランドの端っこに生えていました。
運が悪いことに、道路が私たちの居場所を通ることになりました。私たちに何の相談もありませんでした。
私たちが嫌がっても強制収用がありそうでした。

私はエノキ
関さんの森のエノキ
こどもの森グランドの端っこに生えていました。
運がいいので、近くに引越しがきまりました。
運が悪い門前のエノキ、私より若いのに可哀相なエノキはバッサリ根元から切られました。


私はエノキ
関さん森のエノキ
こどもの森グランドの端っこに生えていました。
運がいいのか悪いのか。引越しのために身を削りました。
根っこを切られて枝を切られて、大分小さくなりました。

私はエノキ
関さんの森のエノキ
こどもの森グランドをの端っこに生えていました。
運がいいので、切られて寒い私の身体と私の心を優しくつつんで、丁寧に包帯を巻いてもらいました。

私はエノキ
関さんの森のエノキ
こどもの森グランドの端っこに生えていました。
私たちの引越しのために100トンクレーンが運ばれてきました。運がいいので、空中をゆっくりと引越しました。
たくさんの人たちがハラハラドキドキ心配しながら私たちを応援してくれました。


私はエノキ
関さんの森のエノキ
こどもの森グランドに引越しました。
運がいいので、昔のグランドに何とか定着できました。
これから、ここでもう一度、三本仲よく大きくなります。
根っこを張って、枝を伸ばしてこどもたちが遊びにくるのが楽しみです。


私はエノキ
関さんの森のエノキ
関さんの森を通る新設道路の脇に引越しました。
車が関さんの森に気がつくように、こどもたちが車に引かれないように、毎日しっかり見張っています。
春は若葉で、夏は青葉で、秋は紅葉で、冬は落葉でみんなが来るのを待ってます。
posted by 武笠紀子(むかさのりこ) | 17:06 | 関さんの森だより | comments(0) | trackbacks(0) |